庭園美術館
旧朝香宮邸
庭園美術館 正面玄関 「アールデコの館」 イベント看板
 素晴らしい室内装飾であふれた東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)で、25周年を記念した「アール・デコの館―庭園美術館建物公開―」が開催されました。いつもは邸宅の半分ほどの部屋が展示室として使用されていますが、今回はそれ以外も公開され、館内の撮影もOKでした。しかも、解説付で見学しましたので、エピソードも加えて詳しくご紹介します!

庭園美術館は、1933(昭和8)年に建てられた朝香宮鳩彦王の邸宅を美術館として開館したものです。
 建築の全体設計は皇族関連の建築を専門とする宮内庁内匠寮(たくみりょう)工務課が担当しましたが、1階の大広間、大客室、小客室、次室、大食堂、2階の殿下書斎、客室など邸宅内の主な部分の設計はフランス人デザイナーのアンリ・ラパンに託されました。また、室内にはルネ・ラリックのガラス工芸のほか、見応えのある装飾品が至る所に見られ、当時流行したアール・デコ様式の魅力を十分に伝えています。

庭園側からの美術館(旧朝香宮邸)外観
 
INDEX 玄関付近 大広間 大食堂 2階 居住スペース 3階 各部屋 照明器具 TOP 日本庭園
玄関付近
玄関脇のライオン像 ラリックのガラス・レリーフ

 玄関の重厚なガラス扉を開けると、ルネ・ラリックがこの邸宅のために制作したガラス・レリーフが目に飛びこんできます。花手綱を手にし、光背のような翼を持った4体の女性が均等に配置されています。この作品は、この邸宅のためのオリジナルで、ラリックのフランスの工場で制作されたものです。
 ルネ・ラリックはアール・ヌ―ヴォ―最大のジュエリーデザイナーでありながら、後にガラスデザイナーに転進したアーティストで、オリエント・エクスプレスや豪華客船ノルマンディー号の内装を手がけるなど、20世紀前半、一斉を風靡していた人物です。

 このガラス・レリーフの横には第一応接室が覗けるようになっています。小ぶりな広さながらも落ち着いた豪華さにまずうっとりです。

 第一応接室の>隣の小客室は、特に重要なお客様をもてなすために作られた部屋です。四方を覆うのはアンリ・ラパンが描いた淡いグリーンの色調の油彩で、森林と川や滝や崖などが描かれています。
 大広間から第一応接室と小客室への通路となる次室にラパン作の白磁のオブジェが置かれています。

 このオブジェの頭部の渦巻状の内部に噴水の装置が取り付けられていることから当初は「噴水塔」と呼ばれていたそうですが、ここに香水を垂らし、ほのかな香りを漂わせてお客様をもてなしたことから、後に「香水塔」と呼ばれるようになったそうです。
 この美術館のシンボル的存在になっているこのオブジェは、隣の大客間からも見えるようになっていますが、オレンジの壁の色に映えて、とてもインパクトがあります。 


 大広間に入るとまず天井に並んだ丸いライトに目が行きます。シンプルでスタイリッシュなデザインは、機能的で幾何学的なデザインを特徴としたアールデコならでは。

↑玄関両脇のライオン像(左側)
  ラリック制作のガラスのリリーフ(部分)
第1応接室
第一応接室
第1応接室
1階見取り図
      
小客室
▲小客室     
次室のオブジェ

 ▲次室 左奥の部屋が第一応接室、右奥が小客室

大広間
大広間 大広間の陶磁器 ↑大広間の階段
←大広間に飾られていたラリックの作品

  「アール・デコ」は、1910年代後半から1930年にかけてヨーロッパやアメリカで流行した新しいデザイン様式のことで、その名称はフランス語の「装飾美術」という言葉「アール・デコラティフ」に由来しています。1925年に開催された「現代装飾美術・産業美術・国際博覧会」で注目されるようになってから「アール・デコ」という言葉がデザイン様式を指す言葉として定着したそうです。
 それ以前に流行していた世紀末の「アール・ヌーヴォー」は植物などを思わせる曲線を多用したデザインでしたが、自動車・飛行機や各種の工業製品、近代的都市生活への移り変わりに伴い、世界中でアール・デコが流行し、多くの分野が影響を受けたそうです。 

ラリックのガラス細工
天井の40球の電球 大理石レリーフ→第広間の大理石レリーフ「戯れる子供たち」



←天井の40球の電球たち

 大客室に入ると、天井から2基下がる幾何学的で個性的なシャンデリアに目がいきますが、このシャンデリアは「ブカレスト」という名前のついたラリックの作品です。
 また、室内上部のキャンパスによる壁画は、アンリ・ラパンの作で、緑に満たされた空想の館の庭園の内部がテーマとなっています。

 
 アンリ・ラパンはパリの「アール・デコ博」で活躍した人物で、当時の第一線での装飾デザイナーです。 「アール・デコ博」開催当時、パリに滞在していた朝香宮夫妻は会場を訪れて大いに刺激を受け、後に新しく自邸を建築する際にアンリ・ラパンを登用しました。
 ラパンは、ガラス工芸の第一人者ルネ・ラリックやマックス・アングラン、鉄工芸のレイモン・ブランショなどの作品を巧みに取り込んで、当時流行のアール・デコの落ち着いた華やぎの空間を実現させました。


 大客室の奥は大食堂へと続いています。この部屋も大広間、大客室とともにラパンによる様々な工夫が凝らされていまが、一番の見所は、黄色の大理石のマントルピースとその上のアンリ・ラパンの壁画です。

大客室
 
庭園から見た大客間部分↑
大客間シャンデリア 「ブカレスト」
ラリック作のシャンデリア「ブカレスト」

当時の大客室の写真 
  

扉上部の装飾

室内上部のラパンによる壁画

 描かれている「赤いパーゴラのある噴水の庭」の背景には黄色い斑点のような模様が描かれ、周囲の大理石と溶け込むように工夫されています。
 マントルピースの通気溝のカパーには水の中を泳ぐ魚の姿が施されていますが、これは壁画に描かれた噴水の水の下を泳いでいるように見えるように意図されて作られているとか。

 部屋の反対側に目を移すと、半円形状に窓が庭園に張り出しており、その丸型の空間によってこの大客室の空間が一層魅力的になっているようです。ここの下部にもマントルピースの通気溝と同じように魚の泳ぐ文様が見られます。
 そして、天井の3基のシンプルな長方形の照明は、ルネ・ラリック作の「パイナップルとざくろ」。食堂に果物のモチーフを配するところには、ラリックの並々ならぬこだわりを感じます。
 壁面はブランショによる銀灰色の植物文様のレフリーフが黄色の大理石によく溶け合い、落ち着いた華やかさを演出しています。

 この大客室は大事な来客や催しがあった際だけに使用され、普段は白い布がかけられていたそうです。朝香宮家の人たちは普段は大食堂近くにある小食堂で食卓を囲んでいたそうです。 
 そちらに行ってみると、意外とシンプルでそんなに豪華ではないので、朝香宮家の人々の普段の生活は意外とつつましかったのではと想像しました。

大食堂
大食堂のマントルピースと壁画

マントルピース通気溝


ブランショによる壁面のレリーフの一部
ブランショによる壁面のレリーフの一部
大客室の円形の窓
小食堂
小食堂
2階 居住スペース
2階ホール
2階ホール


2階ホールのオルゴール
2階ホールに置かれたオルゴール。
右は館内を案内してくれたが学芸員さん。
時間オーバーでお話してくださいました。
2階・3階見取り図
2階通路
2階通路/右側が殿下・妃殿下寝室
若宮寝室 ラジエーターカバー


 2階ロビーの脇に3部屋並んだ部屋は若宮のための居室。元は「若宮寝室・合の間・若宮居室」と呼ばれていました.。朝香宮には孚彦王と正彦王の2人の若君がいましたが、この屋敷ができた時に2人はすでに成人に近い年齢で、普段は寮などにお住まいで、ここには里帰りした時にしか滞在していなかったそうです。

 続いて、殿下の書斎。殿下の寝室に隣合っており、反対側の隣には書庫もあります。
この書斎はアンリ・ラパンの設計で、落ち着いた雰囲気と工夫を凝らした部屋のつくりはさすがラパンと思わせるものです。
 まず、部屋の角に飾り棚をつけて全体が八角形になるように作られ、天井は丸いドーム型になっています。角のない落ち着く空間に、間接照明が穏やかな部屋のムードを演出しています。そして、極めつけは机。どちらの方向にも向くように回転するように工夫されているのだとか。殿下の希望なのかもしれませんが、ラパンのきめ細かい配慮にはびっくりするばかりです。

 書斎の隣は殿下居間寝室です。寝室には殿下の写真が飾られていましたので、妃殿下のお写真と一緒にご紹介します。

若宮寝室/ 右:窓の下に置かれている魚文様のラジエーターカバー。
合の間の展示 殿下騎馬像
合の間の展示。反対側にも展示 第2近衛歩兵連隊時代の朝香宮の騎馬像
書庫 書斎
殿下の書庫と書斎/あまり雰囲気を伝えきれてません、、。詳しくは文章で。
朝香宮妃殿下
朝香宮鳩彦王と妃殿下
殿下居間/大理石の暖炉の上のブロンズ 殿下寝室
浴室

 軍人の職にあった朝香宮鳩彦殿下は、 1922年(大正11年)に軍事研究のためにパリに留学されましたが、翌年パリ郊外で自動車事故に遭われたそうです。一命は取り止めたものの、長期療養が必要となった殿下の看病のために、妃殿下も渡仏。幸い殿下は順調にご回復され、療養中にパリを中心にヨーロッパのカルチャーを見聞なさったとか。1925年にパリで開催された「アール・デコ博」をご覧になり、両殿下がアール・デコに強い関心をお持ちになったのはこの頃です。

 帰国後は一時、高輪の旧邸に住まわれましたが、1923年の関東大震災によって損害を受けていたので、新しい御用邸を白金に建てることになりました。その際、両殿下の希望で新邸はアール・デコの様式をふんだんに取り入れたものにすることになり、アンリ・ラパンやルネ・ラリックなどフランスで第一線で活躍するアーチストたちに声がかかったのです。
  両殿下は任せきりにすることなく、おもてなしの場として、そして実際の暮らしの場として使いやすいように積極的に新邸の設計に参加されました。特に、妃殿下はご熱心で、邸宅の様々なところに心配りが表れているとか。
 特に、妃殿下の好みが十分発揮されたのはご自身の寝室です。妃殿下は芸術への造詣が深く、ヨーロッパ滞在中に彫刻家のレオン・ブランショに絵画の手ほどきを受けられたそうですが、この妃殿下寝室のラジエーターカバーもご自身で下絵を描かれたそうです。布シェード付の女性らしいデザインの照明や楕円形の鏡の付いたドアなどにも妃殿下の好みが強く反映されています。
 また、現在は各部屋は美術館の展示室として使用されているため部屋の壁紙は白になっていますが、元々の壁紙のサンプルが部屋に飾られています。これらの壁紙をお選びになったのも妃殿下だそうです。
 しかし、妃殿下はこの屋敷が完成して、3ヶ月ほどして病のために急逝されてしまったそうです。その後、お暮らしになっていた朝香宮殿下もこの屋敷は広すぎたのか、皇籍離脱後に熱海の別荘に住まいを移されたとか。

 殿下と妃殿下のプライベートスペースの構造ですが、それぞれの寝室と居間が浴室を挟んで対照に配置され、それぞれの部屋をベランダを結ぶ構造になっています。

 一番奥にある妃殿下居間は、大理石の暖炉とその上の大きな鏡が部屋の中心にあって印象的です。鏡の前には妃殿下のブロンズ像が置かれています。

 妃殿下居間を出ると姫君寝室と居間の前に出ます。ここは非公開なので、入口から覗く形での見学となります。ピンクの大理石の暖炉と円形の鏡が見え、落ち着いた雰囲気の女性らしい部屋であることがわかります。ちなみに、朝香宮家には紀久子女王、湛子女王の2人の姫君がいらしゃったそうです。
 そして、姫君の部屋の前の廊下に取り付けてあったレインボーカラーの星型の照明が見学者に大人気でした。たくさんの人がデジカメで写真を撮っていましたが、もちろん私もパチリ。

 最後に、中3階の倉庫とウィンターガーデンへ。倉庫だった多目的スペースには、美術館がこれまで開催してきた展覧会ののポスターが飾られ、図録などが自由に読めるようになっていました。ウィンターガーデンは、冬でも植物を管理できる庭のことで、夏場にはここで涼めるようにと配慮された部屋です。個性的でモダンな白黒の壁と床のデザインと置かれたイスとテーブルの赤のコントラストが鮮やかでした。

殿下寝室・妃殿下寝室の間にある浴室 殿下・妃殿下の部屋をつないでいるベランダ
妃殿下寝室 妃殿下居間の当時の写真
妃殿下寝室 妃殿下居間の当時の写真
 

 妃殿下居間/ 左:鏡の前に置かれた妃殿下のブロンズ像

姫宮の居間と寝室 
姫宮の居間と寝室(左) と 3階への階段より姫宮の部屋前の踊り場(右)
金庫 階段の大ガラス
宮家の金庫↑   階段の大ガラス→
3階 倉庫とウィンターガーデン
倉庫 (多目的スペース) ウィンターガーデン
倉庫(多目的スペース) ウィンターガーデン
各部屋で見つけた個性的あふれる照明たち
若宮寝室ライト
若宮居間 若宮合の間 若宮寝室 殿下居間
殿下寝室ライト 妃殿下居間ライト 妃殿下寝室ライト 姫宮の部屋前の廊下
殿下寝室 妃殿下居間 妃殿下寝室 姫宮の部屋前の廊下
大食堂 照明 2階ホール 照明 殿下寝室
大食堂 2階ホール 殿下寝室